2020年03月08日

主を迎える(マルコ11:1〜11)

2020年3月8日 四旬節第2主日礼拝

1 さて、彼らがエルサレムに近づき、オリブの山に沿ったベテパゲ、ベタニヤの附近にきた時、イエスはふたりの弟子をつかわして言われた、2 「むこうの村へ行きなさい。そこにはいるとすぐ、まだだれも乗ったことのないろばの子が、つないであるのを見るであろう。それを解いて引いてきなさい。3 もし、だれかがあなたがたに、なぜそんな事をするのかと言ったなら、主がお入り用なのです。またすぐ、ここへ返してくださいますと、言いなさい」。4 そこで、彼らは出かけて行き、そして表通りの戸口に、ろばの子がつないであるのを見たので、それを解いた。5 すると、そこに立っていた人々が言った、「そのろばの子を解いて、どうするのか」。6 弟子たちは、イエスが言われたとおり彼らに話したので、ゆるしてくれた。7 そこで、弟子たちは、そのろばの子をイエスのところに引いてきて、自分たちの上着をそれに投げかけると、イエスはその上にお乗りになった。8 すると多くの人々は自分たちの上着を道に敷き、また他の人々は葉のついた枝を野原から切ってきて敷いた。9 そして、前に行く者も、あとに従う者も共に叫びつづけた、「ホサナ、主の御名によってきたる者に、祝福あれ。10 今きたる、われらの父ダビデの国に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」。11 こうしてイエスはエルサレムに着き、宮にはいられた。そして、すべてのものを見まわった後、もはや時もおそくなっていたので、十二弟子と共にベタニヤに出て行かれた。
(口語訳。礼拝では新改訳2017)


イエスはロバに乗ってエルサレムに入られた(7、11節)。十字架が待つエルサレムに入られた。
しかし弟子たちはイエスの思いとずれていた。ただイエスだけが神の御心とひとつであった。

イエスがエルサレムに入るとき、人々は、「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。祝福あれ、われらの父ダビデの、来たるべき国に。ホサナ、いと高き所に」と歓喜の声を上げてイエスを迎えた。(9〜10節)。

古の王、ダビデは軍馬に乗って敵を倒し、剣によって国を建てた英雄である。人々はイエスをダビデのような英雄として迎えた。しかしイエスはダビデとは違う。
イエスは軍馬ではなく、ロバ、それも子ロバに乗って進まれたお方である。
かつてゼカリヤは、真の王が子ロバに乗ってこられると語った(ゼカリヤ9:9)。真の王は柔和で平和な王である。

しかし人々は自分たちの勝手な願望を託してイエスを迎えた。ここに、イエスと人々の思いのズレがある。
この数日後に人々は、イエスが自分たちの期待と違ったと思って、「イエスを十字架に付けろ」と叫ぶ。
弟子達も、この数日後に、自分たちの期待とは違ったと思って、皆イエスに背を向け、イエスを裏切っていくことになる。
しかしイエスはそんな弟子達も人々の歓迎を拒まず、黙って彼らを受け入れられた。
これが私たちの主である。

私たちもこの弟子達や人々と変わりない。私たちも主の思いとズレている。
自分の期待通りにならないと主に不満を抱くような愚かな人間である。
それでも主は、そんな私たちのことを知った上で、ただ黙って、私たちを受け入れてくださるのである。
そのことを感謝し、主を心にお迎えしようではないか。

主と思いがずれやすい私たちであるけれども、喜んで主をお迎えします。
子ろばのように、私がお乗せするのはただあなただけです。
どうぞ私をあなたの御用のためにお使いください。
主よ、私の心に住んでください。
そして、どうかあなたの思いと一つになって、
「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に」と言わせてください。

そんな祈りと新たな思いをもって、心に主をお迎えしようではないか。


posted by 管理人 at 00:00| Comment(0) | 礼拝説教 | 更新情報をチェックする
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