2007年06月27日

祈りのポーズ

キリスト教の「祈りのポーズ」といえば、「手を組む(五指を交互に組む)」のが一般的のようです。しかしながら、もともとはそうでありませんでした。いつ頃から「手を組む」ポーズをとるようになったのか、絵画からその変遷を調べてみました。

1.オランス
orans.jpg
↑3世紀ローマのプリスキラのカタコンベ「ヴェラティオの墓室」に描かれたリュネット(半月型壁画)のフレスコ画。
Catacomb of Priscilla, Crypt of "Velatio virginis", lunette above a tomb.

参照:ドミニオン通信 カタコンベ壁画(オランス像)

他に、Orante (Orans) as Early Christian SymbolOrans in the Catacomb in Via Anapo, Rome, from the middle of the 3rd Century AD.を参照。

 手を上に上げて(そしてしばしば目を天に向けて)祈るポーズ。「オランス」とはラテン語の「祈り oratio (オラショ)」から。

新約時代や古代キリスト教会における(そしておそらく旧約時代においても)一般的な祈りのポーズだったのでしょう。現在でもオランスの姿勢で祈ることはあります。
「きよい手を上げて祈るように...」(1テモテ2:8)。


2.合掌
duler.jpg
↑デューラーの「祈りの手」(1508年、ドイツ)
デューラーについてはwikipediaのアルブレヒト・デューラーを参照。なお時代は宗教改革期と重なっているので、ルターやカルヴァンらも、合掌していたと考えられます。

合掌は仏教やその他の宗教・習俗にも見られるように、おそらく祈る思いを表すのにもっとも自然な姿勢なのでしょう。

goes.jpg
ヒューホー・ファン・デル・フース(Hugo van del Goes)の三連画「ポルティナリの祭壇画」の中央「キリストの降誕」(1475年、オランダ)。


3.揉み手
natoire-paradise.jpg
シャルル・ナトワール(Charles Joseph Natoire)の"The Expulsion from Paradise"(1740年、フランス)。
アダムが揉み手をしている。

右手と左手を90度ずらして、掌(てのひら)同士を合わせて手を組む型。ゴマすりの揉み手(もみて)に似ています。揉み手をしたくなるように、切なる祈りの気持ちを表しているのでしょう。

ge006.jpg
フランソワ・ジェラール(Francois Gerard)の「聖テレサ」(1827年、フランス)。

画の女性(聖テレサ)が揉み手で祈っている。


4.手を組む(五指を交互に組む)
rembrandt_tobit00.jpg
レンブラントの「トビトとアンナ」(1626年、オランダ)。
調べた限りで、この絵が手を組む(五指を交互に組む)型としては最初期のものでした。

願いを込めるとこのような姿勢になるのでしょう。おそらく現在もっとも普及した祈りの姿勢なのでしょう。


最後に。
祈りのポーズには色々な型がありますし、どのような型であってもよいと思います。キリスト教だから、必ず「手を組む(五指を交互に組む)」でなければならない、ということもありません。また、合掌したからといって、即それが偶像崇拝だということもありません。

追記(6/27)。

Yさんのコメントに触発されて、手を口元に添えて祈るポーズがあるかどうか調べてみました。

ange03.jpg
フラ・アンジェリコの"Mocking of Christ with the Virgin and Saint Dominic"(1425年、イタリア)
右下の修道士が手を口元に添えて祈っているように見えます。
↓拡大図
ange03x.jpg
↑単に、書物を読んでいるだけにも見えますが…



もうひとつ、手を組む(五指を交互に組む)ポーズで、レンブラントの「トビトとアンナ」(1626年)よりも古い絵画を発見しました。↓
el08.jpg
↑エル・グレコの「悔い改めるペテロ」(1600年、スペイン)





posted by 管理人 at 00:39| Comment(5) | TrackBack(0) | ショートメッセージ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これは興味深い記事。勉強になります。
僕は、黙祷の時、なぜか手を口元にちょっと添えて祈ることがあります。
クセですね。ここには無いけど。
Posted by Y at 2007年06月27日 01:03
Yさんへ。私も、深く祈りこんでいるときには、手を口元に添えることがあります。と言いますか、組んだ手の人差し指あたりにキスをしているような格好になります。あらためて言われてみると、さまざまな形を取っていることに気付かされます。

なお、手を口元に添えて祈っているように見える絵画を発見しましたので、「続きを読む」に追記しておきました。合わせて、手を組む(五指を交互に組む)ポーズの、年代のやや古い絵画を発見しましたので、そちらもご覧ください。
ありがとうございました。

ありがとうございました。
Posted by 大杉至 at 2007年06月27日 16:32
手を組む、合掌するというのは、いずれも内在的な神への祈りのイメージがありますね。対して、天を仰いで手を上げるのには超越的な神への祈りのイメージがあります。
 聖書に出てくる祈りのかたち、古代教会の祈りのかたちはどうでしょうか。どうも後者のように見える場合が多いように思います。とはいえ、有名な「アレクサメノスの拝む神」という古代の落書きでは、アレクサメノスが十字架にかかったロバに手を合わせている姿があります。
 
Posted by august at 2007年07月12日 11:06
間違えました。
アレクサメノスは、手を上げているのでもなく、手を合わせているのでもありません。視線は十字架のロバに向けられていて、片手は拝みふうで、片手はうしろです。
http://faculty.bbc.edu/rdecker/alex_graffito.htm
Posted by august at 2007年07月12日 11:14
augustさんへ。1世紀の古代ローマの非キリスト者からは、教会の礼拝がそのように見えたのでしょうね。現代のアレクサメノスである私たちの礼拝の姿は、この世からはどのように見えているのでしょうね。
 ところでそのリンク先を読んで始めて気付いたのですが、アレクサメノスが「拝む」が複数形だった(sebete)のですね。「アレクサメノス、汝ら神を拝め(拝む)」の意味か、もしくはsebetaiの誤記かとコメントしてありますがどうなのでしょう。細かいことですが。
 ありがとうございました。
Posted by 大杉至 at 2007年07月13日 11:09
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