2007年06月02日

バタバタして神の働きを中断する人

6月から、教会の新しい試みとして、「聖書を学ぶ会」が始まりました。毎月第1金曜日午前10時半〜12時と夜7時半〜9時です。クリスチャンに限らず、広く公開していますので、この機会に聖書を学んでみたい方は、気兼ねなくいらしてください。初心者大歓迎です。無料です。

今回は序論の後に、2列王記5章のナアマン将軍のバタバタ回心物語を学びました(今回は1節〜8節)。

アラムの将軍ナアマンが病気になり(1節)、やがてイスラエルの預言者エリシャのところに行くことになる(9節)のですが、そのプロセスが面白い。

最初は、イスラエルからアラムに捕らえられたきた無名の娘(2節)。この無名の娘の一言から、事態は解決へと向かうのです(3節以降)。

アラム社会の底辺から上層へと福音が急激に動き出しました!すごい。わくわくします。

無名の娘→(ナアマンの妻→)ナアマン→アラムの王→イスラエルの王。

ここまできました。ところがイスラエルの王は、バタバタして、この動きを自分のところで止めてしまうのです(7節)。


無名の娘→→→→イスラエルの王 (中断) エリシャ

ああ勘違い。いや、神を信頼しない姿。しかも服まで引き裂いてしまって。おいおい。こちらも、つい笑ってしまいます。

まるでバケツリレーで、途中であたふたして、どうしようどうしようと、心配ばかりして、流れを止めてしまう。こんな状態は自分でも経験がありますし、またそういう人をよく見かけます。

傍目から見ていると、滑稽でしかないのですが、自分がバタバタしているとき「どうしようどうしよう」状態に陥っている時というのは、あんがい、神さまの働きの流れを止めてしまっているかもしれないのですね。

やはり、心配や不安はあっても、神さまの摂理を信頼して、どうぞ、と次に進めていくことが大事ですね。

預言者エリシャの一言で、止まっていた流れがまた動き出しました。そしてナアマンの癒しへとつながっていくのです。

ところで4節〜8節は、仮にカットされても5章全体の話の本筋にはほとんど影響しません。

1→2→3→9→10→…
こう言ってもよかったのです。ということは、聖書は遠回りをしてでも、わざわざ4節〜8節を通して、言いたいことがある。それはこの4節〜8節で目立っているイスラエル王の不信仰でしょう。そして列王記は亡国の原因がイスラエル王(に代表される国全体)の不信仰にあると断罪しているわけです。

「どうしよう、どうしよう」と心配ばかりして神に委ねることができず、ドタバタしている状態。これは神の救いの働きの流れを中断していることであり、結局はそれが滅びの原因になりかねません。

心配や不安があっても、神さまに委ねることが、解決につながり、祝福の道であることを覚えたいものです。
posted by 管理人 at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖書研究会 | 更新情報をチェックする
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