2010年08月20日

ミレトでの決別説教を学ぶ#1 「謙遜と涙と試練と共に主に仕える」(使徒20:18〜19)

これは水曜祈祷会でのメッセージです。


 使徒行伝には十数回パウロの説教が記録されている。その中でこのミレトでの説教は、パウロ自身が牧会してきた教会員(長老たち)に対する説教として唯一の箇所であり、独特の内容を持っている。この決別説教をもって使徒行伝におけるパウロの伝道旅行(東地中海世界での伝道)は終了する。その締めくくりの説教でもある。


 決別説教といえばイエスの決別説教がある。イエスは十字架での死を目前にして、後に残される弟子たちに対して説教をした。最も有名なのはヨハネ13〜17章の長い決別説教である。ルカもコンパクトではあるがイエスの決別説教を記録している(ルカ22:14〜38)。イエスの決別説教とパウロの決別説教には類似点がある。それは混乱に対する対処である。イエスという指導者を失ったあとの群れに混乱が起こる。それゆえ弟子達はイエスの教えと行いを模範として歩み、群れを導かなければならない。それに備えるためにイエスは説教した。同様に、パウロが去った後の教会には混乱が起こる。それゆえ長老たちはパウロの教えと行いを模範として歩み、教会を導かなければならない。そのための説教である。
 このミレトでの説教の結末は、イエスに由来する「受けるより与えるほうが幸いである」との言葉である。「受けるより与えるほうが幸いである」という思いで教会を導いてほしい、また教会もそのような思いになるようにとのことである。
 ルカがこのパウロの説教を載せた目的は、当時の様子を知らせるためでもあるが、さらにはテオピロをはじめとする、ルカの時代の教会に読んで学んでほしいからである。同様に我々もここから多くのことを学ぶことができる。個人的なことであるが、神学校で新約概論の授業のとき、担当の下川友也校長(当時)が、このミレトの説教から役員研修会をしたらよい、と我々神学生に勧めたことを思い起こす。
 ミレトでの説教は大きく2つに分けることができる。前半の18〜27節はパウロの回顧、後半の28〜35節は長老達への勧めである。

(注:伊那聖書教会では新改訳聖書を用いている。したがってこの説教も本来は新改訳聖書を用いて行ったものである。しかし当ブログでは口語訳聖書を用いている。この理由はただ単に、聖句引用制限のためだけである。新改訳聖書著作権管理事務局では、引用聖句は250節以内を遵守するように呼びかけている。当ブログでは公開・非公開記事含めて聖句引用が既に250節を超えている。新改訳聖書著作権管理事務局の遵守の呼びかけに従い、当ブログではできるだけ新改訳聖書を使わないことにしている。その代わりにブログ上では口語訳聖書から引用している。口語訳聖書は著作権法保護期間が過ぎたからである。文中にちぐはぐなところがあるのはそういう理由なので、読者の皆様のご理解をいただきたい。なお新改訳聖書は著作権に関してもっと柔軟な運用をしなければならない。今の狭い運用では新改訳聖書は普及の道を自ら閉ざしてしまっている。このことは既に多くの牧師信徒達が嘆いていることであるけれども。)

18 わたしが、アジヤの地に足を踏み入れた最初の日以来、いつもあなたがたとどんなふうに過ごしてきたか、よくご存じである。(口語訳)

 「あなた方も知っているとおり」。聴衆の知識や経験に訴えて共感を得るのは、演説の常套手段である。パウロはここで自らの生き方を聴衆たちに想起させようとしている。それは後事を託す長老達に対してパウロの生き方を模範とするようにという目的のためである。
 
「私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から」。パウロがアジア州に足を踏み入れたのは第二次伝道旅行の終わり(18:19)であるけれども、それ以前にパウロがアジア州に行こうとして道を閉ざされたという経験をルカは伝えている(16:6)。そして「足を踏み入れた最初の日」という言葉により、パウロが宣教師としての第一歩を踏み出した日(13:4)にまで回顧することができるだろう。そういうパウロの伝道に従事する姿を想起することができる。

19すなわち、謙遜の限りをつくし、涙を流し、ユダヤ人の陰謀によってわたしの身に及んだ数々の試練の中にあって、主に仕えてきた。(口語訳)

19節を端的に言えば「主に仕える、謙遜と涙と試練と共に」である。まず冒頭に「主に仕える」があり、続けて「謙遜」と「涙」と「試練」の3つに言及している。そういう一文である。

「主に仕える」。19節は「主に仕える」から始まる。パウロは目に見える姿としては人々に仕えてきたのであるが、それは主に仕えることの実践的な表現なのである。「仕える」という言葉は「しもべ、奴隷」の動詞である。つまり「主に仕える」とは「主のしもべとして仕える」ということである。パウロは自分の手紙においてもよく「主のしもべ」と呼んでいる(ローマ1:1, 12:11, ピリピ2:22)。したがって19節以降のことを単なる人情話や苦労話として読むのではなく、「主に仕える」という視点で読まなければならない。「主に仕える」の後に「謙遜と涙と試練と共に」という3つの事柄に言及している。

「謙遜と共に主に仕える」。「謙遜」とは「たかぶらないこと」「自分を取るに足らない者と思うこと」である。しばしば「謙遜」が偽善的な物言いとなるので注意しなければならない。「謙遜」とは文字通り謙遜なのであって、「謙遜ぶる」ということを意味しない。聖書が言う「謙遜」とは「高ぶり」や「自己中心性」の反対である。謙遜の反対とはこういうことである。自分をさも何者かであるかのように思う、自分に栄光を帰す、自分の手柄を吹聴する、自分を認めてもらいたい、自分に仕えてもらいたい、人からかしずかれたい、人を自分の思いどおりに動かしたい。こういうことはことごとく謙遜の反対である。残念ながらクリスチャンになっても依然としてこういう状態の人がいる。奉仕する中でこういう思いがかえって募ることさえある。奉仕というのは危険な作業である。なぜなら奉仕は密かに高ぶりを生むからである。だから高ぶりやすい人、あるいは落ち込みやすい人は奉仕に向かない。謙遜ぶることを身につけてしまうなら、本当の謙遜から遠ざかってしまう。
 パウロは主のために労苦し働いた。多くの人々を主に導き、多くの群れを立て上げ、多くの教えを教え、多くの手紙を書いた。記録に残っている限りにおいては、エルサレムの使徒たちにも勝るだろうし、昔の同僚だったバルナバよりも、多くの結果を残したと言えるだろう。彼は誰よりも多く働いたという自負心はあるし、誰よりも多くの苦労をしたという体験も述べている。しかしパウロはそれを自分の手柄とは考えなかった。自分の成果を認められたいとも誇りたいとも思わなかった。
 教会員との別れの説教にあたり、パウロは自分の苦労を自慢することもできただろう。アジアを去るに当たり、エペソの長老たちから賞賛を浴びることもできたであろう。しかしパウロはそれらをもって自分に栄光を帰すことはなかった。自己神格化しなかった。パウロにとって「主に仕える」ということで十分であった。心からお仕えすることできるお方がいるということが彼にとってすべてであった。主に仕えることを誇りとしているだけであった。これが謙遜と共に主に仕えるということである。
 謙遜な奉仕は主イエスのお姿に見ることができるものである。自分を何者とも思わないというイエスの姿を我々はここから想起することもできる。
 パウロはかつては熱心に主に仕えていると思っていたが、それはただ自分に仕えているに過ぎなかった。しかしキリストとの出会いがパウロを変えた。パウロはただ主に仕えることが彼の残された人生のすべてとなった。それを謙遜と言っているのである。謙遜ぶることを言っているのではない。そして、パウロはこのようにあなた方も生きていって欲しいという願いのもとに、自分は謙遜に主に仕えたと振り返っているのである。

 「涙と共に主に仕える」。涙にも色々な意味がある。自分のために涙する人もいるだろう。しかし、ここでは、未信者に対する慟哭と、教会形成に関する痛みである
 ローマ9:2で「私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。」と言ってパウロは同じユダヤ人が救いから遠ざかっていることに対して悲しみと痛みを持っていることを吐露している。
またUコリント2:4においてパウロは「私は大きな苦しみと心の嘆きから、涙ながらに、あなたがたに手紙を書きました。」と述べて、コリント教会の問題に対して非常に心を痛めていることを吐露している。
 「涙」とは、心が張り裂けるくらい激しい痛みや胸が押しつぶされそうなくらいの悲しみについての文学的表現である。心が張り裂けんばかりに痛く悲しい。それは未信者に対する同情であり、教会に対する同情から来るものである。未信者よ、なぜあなたはキリストに背を向けるのか、なぜキリストにすべてを委ねないのか。教会よ、なぜあなたはキリストに信頼しないのか。キリストにすべてを委ねないのか。キリストの御跡に従って生きていこうとしないのか。その悲しみであり、痛みである。そしてそれは主ご自身の痛みと悲しみでもある。
 主イエスはかつてナインの町のやもめが一人息子に先立たれているのをご覧になって、かわいそうに思った、とルカは伝えている(ルカ7:13)。「かわいそうに思う」という翻訳では軽いだろう。この原語には「はらわた」という文字が使われている。「はらわたがわななく」という意味である。はらわたがわななくほどに悲しい。心が張り裂けるほど、胸が押しつぶされるほど、悲しい。主イエスは自分のことのように痛んだのである。
 エレミヤ31:20において、我が子エフライの姿を見て、「わたしのはらわたはわななく」と述べられた。エフライムは契約の子、契約の民である。しかるにエフライムは心をかたくなにし神に背を向けて歩んでいた。そのエフライムに対して神ははらわたが痛みほど慟哭されたのである。
 神の民の破れに対する痛みと悲しみが聖書に表れている。パウロの涙も神の痛みに通じるのであろう。パウロがコリント教会に対して涙を流した理由は、コリントのある信者たちが悔い改めなかったからである。パウロは自分が悔しくて涙を流したのではない。悔い改めない信者に対する慟哭として涙を流したのである。「自分は悪くない、悪いのは相手だ。」「自分は悪くない、悪いのは回りだ、」「自分は悪くない、悪いのはこんな不条理の世にしている神だ」と多くの人は思うだろう。しかし御言葉により自分の罪と頑なさを示されて、そしてキリストを見上げて、「私が間違っておりました。主よお赦しください。」「本当に自分が愚かでした、主よ赦してください」「あなたの道に従い得ないこの私を、どうか憐れんでください」との思いに導かれるなら、そしてそこで十字架と復活のキリストと結びつくなら、救われるのである。だがコリント教会にはそのようには思わない人が何人かいた。パウロの涙は、そのような悔い改めない人々に対する涙であるが、それは彼らを裁くことが目的なのではない――裁くことは神がなさるからである――、彼らが悔い改めてキリストの中で安息して欲しいがための涙である。
 パウロは「主に仕える」という文脈の中で、未信者や教会に対する心の痛みと悲しみとしての涙と一言述べた。我々ももし未信者や教会に対して痛み悲しむことがあるとすれば、それはパウロと同様であらねばならない。

 「試練と共に主に仕える」。「試練」も「誘惑」も原文のギリシャ語では一つの言葉である。日本語では試練と誘惑は別の言葉である。普通は甘い誘惑、厳しい試練と言う。北風と太陽のイソップ寓話にたとえるなら、北風が試練であり太陽が誘惑である。しかしコートを脱ぐという目的を考えれば、いずれも同じことである。厳しい試練に屈するなら神の御心に逆らうことになってしまう。甘い誘惑に流されるならばそれもまた神の御心に逆らうことになってしまう。試練と言い誘惑と言い、いずれもそれに敗れるなら神の御心に逆らうことになるのである。出来事それ自体がどうであるかよりも、どうすることが本当の意味で神の御心に適うことになるのかということを考えなければならない。パウロはここで「ユダヤ人の陰謀の中で主に仕えた」とは言っていない。「陰謀のためにさんざん苦労したのだよ」と言っているのではない。そうではなく「陰謀による試練の中で主に仕えた」と言っているのである。ここに注意しなければならない。パウロに対するユダヤ人の陰謀については使徒行伝の中で幾度となく繰り返された。またパウロの手紙にも記されている。しかし今ここでパウロは陰謀よりも試練に言及している。パウロにとってユダヤ人の陰謀は、主に仕えることに対して試練となったということである。つまりそれに屈すれば、神の御心に逆らうことになる、そういう試練を経験したということである。どういう試練だろうか。はっきりと書いているわけではないので想像するしかないが、おそらくは、伝道を途中で諦めるという試練であろう。もしパウロがキリストではなくユダヤ教を宣べるならば、パウロはユダヤ人の陰謀から自由になったはずだ。しかしそれこそ陰謀の狙いであるし、そしてもしパウロがキリストを宣べないなら、それは神の御心に逆らうことになる。
 より深刻な試練は、パウロが、自分の宣べ伝えている福音宣教の中身について疑いを持つことであろう。イエスは神の御子ではなく、ただの大工の息子だったのではないか。田舎の教師程度の人間だったのではないか。あれよあれよという間に群集に祭り上げられ、結局、反逆罪として十字架に掛けられた、ただの哀れな男だったのではないか。復活も使徒や女弟子たちの勘違いなのではないか。自分自身もキリストと出会ったのは単なる気のせいではないか。もしキリストの復活が単なる気のせいならば、キリストの福音は嘘である。本当はユダヤ教の方が正しいのではないか。ユダヤ人の陰謀と思っていたけれども、本当は彼らの方が正しいのではないだろうか。キリストが間違いでユダヤ教の方が正のではないか。だとしたら、自分は間違った教えに従い、間違った教えを伝えているのではないか・・・こういう疑いという試練があったかもしれない。もちろんこんなことはパウロの手紙に書いているわけではない。Tコリント15章をもとに私が想像を膨らませただけである。
 パウロがどういう試練を感じたのかわからないけれども、なんにせよユダヤ人の陰謀のゆえに、パウロは主に仕えることに関して誘惑を感じたことは事実だった。けれどもそういう試練を乗り越えてパウロは主に仕え続けたのである。エペソを初め伝道と教会形成に従事することによって主に仕えたのである。
 パウロの試練はイエスの荒野の誘惑と関連付けられる。イエスも救い主としての働きを始めるにあたり、荒野でサタンの誘惑を受けられた。それは救い主ならではの誘惑・試練だったに違いない。けれども御霊の助けにより誘惑・試練を乗り越えていかれたのである。
 そうしてみるならば、パウロが最後まで主にお仕え出来たのも、パウロの信仰の故であるとしても、そこには御霊の励ましがあり、御霊のお力添えがあったからにほかならない。そして御霊の助けは試練のときばかりではなく、謙遜や涙においてもあったに違いない。そうであるならば、「謙遜と涙と試練共に主に仕えた」というこの言葉は、ただ単に自分自身を回顧しただけではなく、むしろそこにおられる主の助けを回顧したことである。そのことを通して主の御名をあがめ、感謝するものである。

 後事を託された長老達に対して、パウロは自分の模範に従うように勧めているけれども、それは言外に御霊によることを勧めているとも言えるのである。そうであるならば、「受けるよりも与えるほうが幸いである」との最後の言葉も、御霊の助けに生きるという恵みを自分だけが受けることを願うのみならず、皆に与えよということであろう。
posted by 管理人 at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 礼拝説教 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
主の御名を賛美します。
今朝のディボーションの中で”謙遜であれ”というみ言葉が心に示されました。言葉の意味としては分かるのですが、さてそれでは自分はどうすべきなのかと思い、インターネットの中でメッセージを探しました。
上記のメッセージを感謝します。
Posted by Tomoko K. at 2010年10月21日 10:48
Tomoko K.さま
参考になられたご様子。コメントに感謝いたします。
Posted by 伊那谷牧師 at 2010年10月21日 15:40
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