2008年12月13日

島崎藤村の「しあわせ」

12月20日(土)10時からこどもクリスマス会を行います。その中で島崎藤村の童話『しあわせ』の寸劇をします。

幸福(しあわせ)

『しあわせ』がいろいろな家へ訪ねて行きました。
誰でも幸せの欲しくない人はありませんから、どこの家を訪ねましても、みんな大喜びで迎えてくれるに違いありません。
けれども、それでは人の心がよく分かりません。
そこで『しあわせ』は貧しい貧しい乞食のようななりをしました。
誰か聞いたら、自分は『しあわせ』だと言わずに『貧乏』だと言うつもりでした。
そんな貧しいなりをしていても、それでも自分をよく迎えてくれる人がありましたら、その人のところへ幸せを分けて置いて来るつもりでした。

この『しあわせ』がいろいろな家へ訪ねて行きますと、犬の飼ってある家がありました。その家の前へ行って『しあわせ』が立ちました。
そこの家の人は『しあわせ』が来たとは知りませんから、貧しい貧しい乞食のような者が家の前に居るのを見て、
『お前さんは誰ですか。』と尋ねました。
『わたしは「貧乏」でございます。』
『ああ、「貧乏」か。「貧乏」はうちじゃお断りだ。』と、そこの家の人は戸をピシャンと閉めてしまいました。
おまけに、そこの家に飼ってある犬が恐ろしい声で追い立てるように鳴きました。

『しあわせ』は早速ご免をこうむりまして、今度はニワトリの飼ってある家の前へ行って立ちました。
そこの家の人も『しあわせ』が来たとは知らなかったと見えて、嫌なものでも家の前に立ったように顔をしかめて、
『お前さんは誰ですか。』と尋ねました。
『わたしは「貧乏」でございます。』
『ああ、「貧乏」か、「貧乏」はうちじゃ沢山だ。』とそこの家の人は深いため息をつきました。
それから飼ってあるニワトリに気を付けました。
貧しい貧しい乞食のような者が来てニワトリを盗んで行きはしないかと思ったのでしょう。
『コッ、コッ、コッ、コッ。』とそこの家のニワトリは用心深い声を出して鳴きました。

『しあわせ』はまたそこの家でもご免をこうむりまして、今度はウサギの飼ってある家の前へ行って立ちました。
『お前さんは誰ですか。』
『わたしは「貧乏」でございます。』
『ああ、「貧乏」か。』と言いましたが、そこの家の人が出て見ると、貧しい貧しい乞食のような者が表に立っていました。
そこの家の人も『しあわせ』が来たとは知らないようでしたが、情けというものが有ると見えて、台所の方からおむすびを一つ握って来て、
『さあ、これをお上がり。』と言ってくれました。
そこの家の人は、黄色い沢庵のおこうこまでそのおむすびに添えてくれました。
『グウ、グウ、グウ、グウ。』とウサギは高いいびきをかいて、さも楽しそうに昼寝をしていました。
『しあわせ』にはそこの家の人の心がよく分かりました。
おむすび一つ、沢庵一切れにも、人の心の奥は知れるものです。
それをうれしく思いまして、そのウサギの飼ってある家へ幸せを分けて置いて来ました。

(島崎藤村『をさなものがたり』より「幸福」)
posted by 管理人 at 09:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ショートメッセージ | 更新情報をチェックする
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